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藤田嗣治の世界を覗く

フランスにおいて最も評価されている日本人芸術家、藤田嗣治を皆さんはご存知でしょうか。彼は19世紀後半から20世紀にかけて活躍した画家で彫刻家であり、彼独特の技法は西洋に一大センセーションを引き起こしたほどです。彼の得意としたモチーフは猫と女性。その二つのモチーフに共通するもの、つまり色気と視線の生々しさを彼ほど非現実的なほどにリアルに表現した人物は未だかつていないのではないでしょうか。藤田嗣治の絵画において印象的な画法は彼独自の乳白色の肌と呼ばれるものを生み出しました。日本画の画法を油彩画に取り入れたのは、世界において彼が最初でありそれが西洋画壇において絶賛を受けたのです。エコールドパリの代表的な芸術家として名を馳せた彼は人生の大半をフランスで過ごしましたが、第二次大戦勃発後には一度日本に帰国しています。その際に政府の要請により描かれた戦争画には、またこれも彼の持ち味の一つである人の生におけるリアリティが描かれました。戦争の残酷さ、陰惨さ、生への渇望とそしてまたその一方での死への希望。西洋における思想を取り込んだ生死観と彼独自の人間の生々しさをそのまま描くような画法が融合したことによって生み出された絵画は人々の心に深い印象を与えることでしょう。藤田嗣治の絵において、最も印象的なものはその視線です。たとえば女性画において、絵画の中にいる彼女たちの目にはまるで命が宿っているのではないかと息を呑むほどの色気があります。こちらを見詰める目、どこか虚空を眺める目、また伏せられている目にもどこか色気があり、それは同時に私達にもしあの目がこちらを見たら、自分自身を捉えたら、というある種幻想的な空想を生み、私達をぞくりとさせるのです。また前述した通り、彼の描く女性画には独特の乳白色の肌と呼ばれる表現技法により、それにも生を感じさせるものがあります。まるでそこにいるかのような、しかし触れればきっと体温は感じられないのだろう。そんな二つの相反した感情を私達に呼び起こさせるのが藤田嗣治の絵画なのです。私達にとっての生というものは、生きているという状態にある限りは常に曖昧であるはずです。生きている私達には生というものを客観的に見ることは出来ないからです。藤田嗣治の絵に生や、また同時に死が感じられるのはそのせいかもしれません。私達にとって最も近い生の実感こそが彼の描く絵画なのかもしれません。